Trời đánh còn tránh miếng ăn
天は食事をさけて打つ(または、食べない人には罰)

Trời đánh tránh bữa ănという句もあります。

「天は食事している人には雷を落とさない」また
「天は食事を避ける人を打つ」という意味でもあるのかもしれません。

miếng ăn là miếng nhục
食べる口は恥の口

nhụcは汚いの意味
このことわざ、新聞のタイトルにもよく使われているのですが
わかりそうでわからない。でベトナム人たちに聞いてみました。
miếng ăn là miếng tồi tàn
「空腹なら悪い食べ物も食べる(恥ずかしいけれど)」
という意味
と、
「悪いことをすると、人にさげすまれる」という意味があるそうです。
意味を教えてくれた皆さん、ありがとうございます。

中国でも、食べ物がない時代は、黄色くなった野菜でも何でも
何とか調理を工夫して食べたと言います。

そういえば、あるベトナム人が「結婚式で残った物を
持って帰ったりするのが恥ずかしい」と言っていました。
食べ物が悪くなるから持って帰らないのではなく、
空腹で食べ物が欲しい人に見えるのが、
恥ずかしいわけですね。
現代のアメリカ人などは、そんなこと気にせずお持ち帰りしますが、
豊かであるからこそ、できることかもしれません。)

Có thực mới vực được đạo
食があってこそ、道理を得られる

vựcはいろいろ意味がありますが、ここは必要を満たすこと
đạoは、道理の意味
「衣食足りて礼節を知る」に似ていますが、「食」に特化しているのがベトナム的。

新聞バオモイ(新報)に、紹介記事が載っています。→ BÁO MỚI  

Ăn cơm có canh, tu hành có vãi
ご飯を食べるには汁がいり、修行(出家)には袈裟(お寺の服)がいる

tu hànhは世俗の生活を捨てて、宗教に従って修行をすること、
vãiは色々意味がありますが、ここではお寺の服、お寺の女性などの意味。
次のことわざもあります。

Ông sư chó ngãi, bà vãi có nghì
忠実な信士(男性の仏教徒)、忠誠心のある信女(女性の仏教徒)(かなあ?)

Cơm mùa treo chái chùa cũng chín
季節の米は寺の屋根でなる

このことわざ意味は友達に聞いても「よくわからない」とのことでした。
treoはつるす、引き上げる
chái chùa はそのままならお寺の屋根の建造物
chínは熟すとかなるということです

労働新聞(Báo Lao Động) の記事に、下のことわざと合わせて非常にくわしい説明がありました。
Cơm gạo mùa treo đầu chùa cũng chín
ベトナムの米が3期作できて、夏にはすごく伸びる季節もあること、
ことわざには誇張もあるというのがポイントのよう。
しかし今のベトナムの学生にとっても、意味を理解するのは難しいようです。
記事

Cơm sống là cơm thảo, cơm nhão là cơm hà tiện
しっかりしたご飯はいいご飯、うすい(べちゃべちゃした)ご飯はしみったれのご飯

cơm sốngがうまく訳せないのですが、かたくおいしいご飯ということでしょうか。

Ăn cơm lừa thóc, ăn cóc bỏ gan
籾を取って飯を食べ、肝を取って魚を食べる

よくないところを取りのぞいて食べなさいとの意味です

このことわざ、はじめ「cóc 」(魚)の
スペルが「cỏ 」に間違っていて
意味もわからなかったのですが
先生よりご指摘いただいて、わかりました。
「ことわざ辞典で確認せよ!!!」と指示もいただきました。
ありがとうございました。

Cơm và, cháo húp
ごはんは箸で食べ、おかゆはすする。

私の友人によると、ご飯の食べ方だそうです。
vàは箸ですくって口に入れること、húpはすすること、ふくらむこと。
すするというか、今はさじですくうのでしょうね。

Người sống về gạo, cá bạo về nước
人は米に生き、魚は水に帰る

うまく翻訳できないのですが、bạoは恐れない、強力などの意味
何しろ人間と米は切っても切れないものということですね