日本に行ってしまった夫を待つ 朝鮮の「望夫岩」の伝説

嶺南摭怪にも「望夫岩」の伝説がありますが、
朝鮮にも同じように、夫を待つ妻の岩の伝説があります。
ベトナムの話とはかなり内容が違っています。

===鵄述嶺(チスルリョン?)の望夫岩 あらすじ===
 新羅(シルラ)の奈勿(ネムル)王(?-402)は王子の美海を倭国(日本)の、宝海を高句麗(コクリョ)の人質にしていました。その後、長男の訥祗(ヌルチ)王(?-458)が即位して、2人の弟を帰国させることを望みました。家来の朴提上(パクジェサン)は宝海は高句麗から取り戻していました。そして倭国からも美海を取り戻すよう、都に呼び出されました。
 朴提上は倭国に行って、「新羅で殺されるので逃げてきた」と嘘を言い、美海を船で脱出させた。朴提上はいっしょに帰ると計略がばれてしまうと言って、自分は残り、その後、倭の王に殺されました。
 美海は帰国し、王は朴提上の妻に国大婦人の称号を与え、彼の娘を嫁に迎えた。しかし、彼の妻はスリゼ(鵄述嶺)に登って、夫の帰りを待ち続けて嘆き死んでしまいました。彼女が座っていた岩は「望夫岩」と呼ばれるようになりました。
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 これは韓国の民俗学者、崔仁鶴が1934年に慶尚北道で採集した話のあらすじです。
(1977,日本放送協会,朝鮮伝説集,pp145-146)
他にも朝鮮の歴史書「三国史記」「三国遺事」などにも記載されています。
KBSラジオの朴提上の記事

しかし朴提上なぜ王子といっしょに帰らなかったのか?
本当は倭国に行きたくなかったのでしょうか?
そして妻はなぜそんなに嘆いたのか?
娘が王室に入れば楽な生活ができそうですが、
実際はそうでなかったのか??

この頃は、日本も朝鮮もベトナムも女王がいて楽しそうですね~。
女の人も普通に戦争に付いて行くし、出張感覚でしょうか?


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