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付録第9話 應天化育后(ウンティェンハウトゥホアトゥ)神の伝説
Truyện Ứng Thiên Hóa Dục Hậu Thần

有名な土地神(后土)さま
神様の名前は昇級によって
だんだん長くなるので困ります

 この神は、もともとは我々のベトナムの国の守り神でした。聖宗(タイントン 1023-1072)の代の神武(タンボー)元年(1069)、王は占城(チェムタイン)の国を征服に行き、ホアンハイ海の口に到着すると、突然大雨が降り、風が強くなり、遠目に山のように見える荒波が押し寄せました。王の船と兵士の船は共に、船着き場に行けずに、海岸に船を停泊させなければなりませんでした。

 その夜、夢の中で、白い上着と赤のズボンを着て、薄化粧の優雅ななりの女性が船に乗り込み、言いました。「私はこの土地の精で、魂は長い間木の上にとどまっていました。今、王が出陣する機会にあって、勝利を収めるために、志願して共に行きます。」言い終わると、どこにも姿はありませんでした。

 王は目を覚まし、大臣や顧問たちを集め、この話をしました。慧生?(フエシン)という法王がいてこう言いました。「神は木の上にいるとおっしゃいました。ですから確実に祈願すると安心でしょう。」そして親しい人を送り、海岸の山のあちこちを探させ、偶然、夢で見た神と同じで、人の形をした木を見つけて、王の船に引き上げさせ、香を焚いて祈り、その号を后土婦人(ハウトゥフーニャン)としました。

 しばらくすると、風は静かに波は穏やかになり、順調に海上を運行し、もう波風の害を恐れることはありませんでした。
 王が神を元の岸に置こうとすると、すぐにまた波風が荒れはじめました。慧生?(フエシン)は言いました。「神の意思は、岸にとどまることを望んでいません。」それで、都に戻るために、海の波が静まるよう祈り、神に乞いました。都に着いた時、安郎(アンラン)村に寺院を建てました。

 陳英宗(チャンアイントン 1276-1320)の代になって、干ばつがあり、王は祈願のために祭壇を作るよう命じました。神はお告げをするために王の夢に現れて言いました。「この寺院には句芒?(カウマン)王がいて、雨を降らす術があります。」王は目を覚まし、犠牲をささげるよう命じると、本当に大雨が降り、強い風が吹きました。王は、神を后土大婦人(ハウトゥダイフーニャン)とし、人々に功をなす神として、加封して代々報償を与えました。

 陳(チャン)朝は、神を應天后土神祗元君(ウンティェンハウトゥタンキーグェンクァン)としました。春の節句にはいつも、土牛(トーグー 土で作った牛)を寺院に持ってきて供えるのが、今でも風習となっています。

151 phố Láng Hạ (phường Láng Hạ, quận Đống Đa, Hà Nội), xưa thuộc đất làng An Lãng (huyện Quảng Đức, phủ Phụng Thiên)
写真はBáo Hànộimới